九州旅行:写真と解説
第8日・111日;英彦山観光(3)



永年の風雪を感じさせる英彦山神宮の石段参道、「奉幣殿」(拝殿)への登り



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平成年20(2008)10月25日〜11月1日  (8日間)
日 程 主要(観光)コース
宿泊地
第1日  厚木自宅⇒羽田発7:30⇒⇒⇒福岡空港着9:15⇒空港(マツダレンタカー)⇒香椎宮⇒海ノ中道⇒宗像大社⇒門司・レトロ街⇒福岡市内(中洲、天神で夕食)⇒宿泊(平和台ホテル)
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福岡


第2日

 ホテル⇒大宰府と天満宮⇒武雄温泉(元湯・入浴⇒大村湾P・A⇒長崎平和記念公園・浦上天主堂⇒グラバー亭、大浦天主堂⇒宿(長崎ワシントンホテル)⇔繁華街、めがね橋、中華街・・・夕食)
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長崎
第3日

ホテル⇒諫早干拓堤⇒小浜温泉⇒雲仙地獄・温泉(仁田峠スカイライン)⇒深江道の駅、災害記念館⇒島原F・T⇔島原城、武家屋敷跡⇒⇒⇒熊本F・T⇒熊本城⇒宿(六花の湯・ドーミーイン熊本)⇔熊本繁華街(夕食)
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熊本
第4日

ドーミーイン熊本⇒水前寺公園⇒南阿蘇鉄道(みなみあそみずのうまれるさとはくすいこうげんえき:日本一長い駅名)⇒阿蘇中岳火口⇒阿蘇・草千里⇒大観峰(阿蘇外輪景勝地)⇒飯田高原・長者原⇒九酔峡(九重大吊橋)⇒筋湯⇒黒川温泉:御客屋旅館(宿泊)⇔散策・ふもと旅館(立寄り湯)

黒川温泉
第5日 黒川温泉・宿⇒九重I・C⇒大分空港⇒国東(仏の里)⇒両子寺⇒天念寺、川中不動⇒長安寺⇒富貴寺⇒伝乗寺(真木大堂)⇒熊野磨崖仏⇒宇佐神宮(八幡宮総本社)⇒鉄輪温泉:陽光荘(宿泊)
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別府・
鉄輪温泉
第6日 鉄輪温泉・地獄めぐり:海地獄⇒かまど地獄⇒地の池地獄・・、他⇒宿⇒別府市内観光、竹瓦温泉(立寄り入浴)他、沿岸地区の温泉めぐり⇒陽光荘
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別府・
鉄輪温泉
第7日 陽光荘⇒塚原高原⇒湯布院(由布院散策、金隣湖、下ん湯 ( したんゆ )立寄り湯、「天上桟敷」(休憩:モン・ユフ、林檎のコンポート)⇒湯平温泉(散策:共同湯・中央湯入浴)⇒湯布院⇒宿・陽光荘⇔ひょうたん温泉(立寄り湯、食事)
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別府・
鉄輪温泉
第8日 宿(光陽荘)⇒大分道・玖珠⇒深耶馬溪(一目八景⇒耶馬溪ダム⇒溪石園)⇒本耶馬渓(羅漢寺⇒青の洞門・競秀峰⇒オランダ橋)⇒R496(魔林峡、猿飛千壺峡)⇒英彦山・高住神社⇒花公園ケーブルカー⇒⇒奉幣殿⇒参道⇒旧亀石坊(雪舟庭園)⇒小石原(道の駅)⇒秋月⇒大分道・甘木⇒福岡空港(レンタカー返却、土産、夕食)、20時45分発⇒⇒⇒羽田22時15分着(息子送迎)⇒自宅帰着
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英彦山神社



財蔵坊 現在は資料館として開放され
、山伏の道具等が展示されていて、  
当時の修験者の生活を垣間見ることができます



財蔵坊案内 現在左図のような坊跡が残る


英彦山唯一の
鐘楼


旧亀石坊庭園;雪舟による作庭(国の史跡名勝)


歴史を感じさせる石段参道から奉幣殿へ



参道横の老杉、


山上の奉弊殿(重文) 修験道時代の霊仙寺の大講堂であった。




奉幣殿


下津宮から奉幣殿を見下ろす。




奉幣殿の更に上部に鎮座する「下津宮」、祭神は大国主命


英彦山神宮
(ひこさんじんぐう)

英彦山が開かれて,
一つの宮を創建したのは6世紀または9世紀頃とされているが、
何れも伝承の域を出ない。 

実際の歴史は11世紀初頭に「増慶」という高僧によって中興され、
神仏習合し彦山の権現(仏・菩薩が衆生を救うために
種々の姿をして権・カリに現れること)、通称、「彦山権現」といって、
日本有数の修験道の霊場として栄えたのが始まりとされる。 

その後、明治政府の神仏分離政策までは神仏混淆(神と仏が一体)が行われ、
寺号を「霊仙寺」と称していた。 

出羽三山、熊野三山と並ぶ修験道の一大拠点であり、
平安時代から「日子の山」、「彦山」として文献にも現れる。

 開山には宇佐神宮と同じく大陸からの渡来人が関与したともされる。 
主祭神は天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと;名目上の天照大神の長男)を祭る。

  実際は英彦山全体が神域で上宮、中宮、下宮、奉幣殿(ほうへいでん)、
更に、摂社の高住神社、玉屋神社が点在する。 

参道石段の入口に立つ青銅製の銅の鳥居(かねのとりい・重要文化財)は、
1637年(寛永14)に佐賀鍋島藩主が寄進したもので高さ7m、柱の周囲は3mと
堂々としたもの。 銅の鳥居から泰幣殿までの参道の両脇には、
多いときには5〜600の坊が在ったそうだが、
今では10数坊が残るのみで「財蔵坊」は坊の全形を残す唯一の坊とされる。 

ここから、奉幣殿まで約1km、急な石段約600段を上り終えると奉幣殿にたどり着く。 

杉木立に囲まれた参道の両側沿いには、約30〜40の僧坊跡が残る。

「奉幣殿」という名称は神仏分離以後のもので、
もとは天台山伏の本山である霊仙寺の大講堂として使われていたという。 

現在の建物は、1616年(元和2)に小倉藩主・細川忠興が再建したものという。 
英彦山の本宮は泰幣殿から更に上の鳥居の先にあり
下宮、中津宮、中宮、上宮が鎮座しているが、
概ね、登山道のため一般の観光参拝者はここ奉幣殿で拝礼する。
尚、銅の鳥居から神宮・奉幣殿まではスロープカーが運行している。







国道211号線沿い、役場前交差点そばにあるのが
道の駅・小石原である。  

小石原焼で知られる小石原村は標高500mほどの山里で、
古くから焼き物が伝わっている。 
焼物の里らしく登り窯をイメージした建物が印象的である。  

中心施設である物産館「陶の里館」には
300年の伝統をもつ「小石原焼」の窯元50軒が出店、展示直売している。



秋月城跡の黒門




秋月城跡


秋月城跡内堀




杉の馬場沿いの旧藩士邸;今は秋月郷土館


藩士たちの登城道であり、馬術の訓練場




目鏡橋;長崎の目鏡橋を造作した石工を招いて建造したもの。


秋月城」は中世・戦国時代の秋月氏の館跡を利用して築かれた平城で、福岡藩の支藩・秋月藩の藩庁であり、黒田氏の居城であった。 その秋月藩は、黒田長政の三男・長興が福岡藩より5万石を分知され、以前の秋月氏の名を以って立藩したもの。 元より秋月氏は、戦国時代以前より現在の筑前国(福岡県)を実効支配していたもので、居城であった秋月城は天皇家に全権委任された「秋月御所」とも呼ばれていた。 戦国期、豊臣家による九州征伐において島津氏に味方して敗戦したため、以後、日向高鍋藩に移封された。本来なら御家断絶であったが、天皇・朝廷の意向により廃藩は免れたという。
小生の尊敬する「上杉 鷹山 」( ようざん 出羽国米沢藩・第9代藩主上杉 治憲;藩政改革の父といわれる)は元は秋月氏といい、出身先は日向高鍋藩の6代藩主・秋月種美の次男であった。 鷹山公は数多くの名言を残しているが、その内の1つ「なせば成る 為さねば成らぬ何事も 成らぬは人の為さぬなりけり」は有名な言である。
秋月は明治初期、新政府に対して旧士族が起こした反乱・「秋月の乱」でも世に知れ渡っている。 今の秋月は、秋月氏・黒田氏の栄華の面影を残しているが、悲話を秘めた城下町でもある。




帰路;大分道・甘木I・Cから九州道へ




九州道・大宰府I・Cから福岡空港へ


福岡空港;11月 1日(土) ANA 272 福岡(20:45発)




羽田空港;東京(羽田)(22:15着) 


最後に、「九州」とは・・?!、

四国は「身一つにして面四つ」と言われたが、
同じく数字の付く「九州」は、
九つの国の成立によって九州の呼称が生まれた。 

即ち筑前、筑後、肥前、肥後、豊前、豊後、日向、大隅、薩摩の九ヶ国のことである。  

尚、古代、大和朝廷の時代には、
九州は「筑紫(ちくし)の国」、「豊(とよ)の国」、「日向(ひゅうが)の国」と称して四つの国であった。  

それが律令によって細分化され、
筑紫の国が筑前(ちくぜん)、筑後(ちくご)に、豊の国が豊前(ぶぜん)、
豊後(ぶんご)に、肥の国が肥前(ひぜん)、肥後(ひご)に、
日向の国が日向(ひゅうが)、薩摩(さつま)、大隅(おおすみ)の

九つに分けられて、筑前にあった「太宰府」が
九州全域を統括する場所として九州が完成している。

そして、日本列島で、いち早く国々が成立したのは九州であり、
その後、国々の名が付けられたのは
律令国家が成立した時期(7世紀後半から8世紀前半頃)と言われる。 

律令制(奈良期後半に定められた政令)において、
九州は「西海道」と称し
、特に、都より山陽道、西海道を経て太宰府までつながる道を大路(主官道)と称し、
太宰府より九州各地へと向かう西海道を小路と呼んでいた。 

因みに、中路は東海道、東山道等のことで
当時は道を軸として国名が付されていったのである。 

また、西海道の別名として鎮西とも呼ばれていた。 
その間の平安時代から明治初期になって
廃藩置県が決行せれるまでの凡そ1000年の長期にわたって変更がなかった。 

廃藩置県以降は、府県合併を経て現在の七県が誕生している。

   





        

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